■反射防止フィルムの性能向上と新機能

1. はじめに

反射防止フィルムは対象物の表面に貼合することにより反射防止効果を付与することができるため、様々な表示装置に用いられている。特にCRTの平面化やPDP、大型LCD等が普及したことにより、表面反射防止処理の必要性が顕在化した。

反射防止加工自体は新しい技術ではなく、レンズ等の比較的小型な物品に対する蒸着という形で普及していたが、テレビ用途に使用するような大型ディスプレイに対応するために低コスト化と高い供給能力を求められるようになった。このような要求に対して、フィルムへの反射防止処理という製品形態がとられるようになり、現在では大型ディスプレイ用のほとんどが対象物に塗液を塗布するウエットコーティング法による反射防止フィルムを採用し、フラットパネルディスプレイの一般普及とともに市場が急成長している。

2. 反射防止層の設計

光が屈折率の異なった媒体に入射すると、その界面では必ず反射という現象が発生する。例えば空気層(屈折率 n0)から屈折率 n1 の媒体へ入射する時には、

R=(n1-n0)2/(n1+n0)2

で表されるような強度の反射が発生する。


この必ず発生してしまう反射という現象に対して、基材の表面に屈折率の異なる層を設けることにより、設けた層の表面での反射光と基材との界面での反射光の位相を逆転させて打ち消し合わせることにより反射光を軽減することが反射防止の考え方である。表面反射光の強度は新たに設ける最表面層の屈折率(n1)に依存し、界面反射光強度は基材の屈折率(n)と n1 の差に依存する。また、両反射光の位相を逆転させる必要があるため、反射防止能は基材と反射防止層の屈折率および反射防止層の厚みに依存する。図1に示したような単層型反射防止層では波長λにおいて、

n1=(n0×n)1/2

d=λ/(4×n1)

で与えられる条件が満たされる時に反射率最低値が0となる。


式から明らかなように、反射防止能には波長依存性があり、単純な系ではすべての可視光波長域の反射を0にすることはできない。このため、通常は人間の視感度の高い 550nm 前後の波長で最低値になるように設計するが、その膜厚 d は 100nm 前後と非常に薄いものである。屈折率 1.63 の基材に対するシミュレーションでは屈折率 1.4 の層を設けた際の最低反射率は 1% 弱であり、この系で最低反射率を 0 にするために必要な屈折率は 1.277 程度と非常に低くなる。このため、より性能向上させるためには2層以上の層を積層して反射界面を増やしたマルチコートという手法をとる場合が多い。図2に屈折率 1.5 の基材を用いて屈折率1.4の低屈折率層を用いた単層型、屈折率 1.7 の高屈折率層を中間層とした2層型、屈折率 1.6 および 1.7 の中間層を設けた3層型の反射率シミュレーションを示した。

基材のみの反射率は 4% と算出されるため、単層型では反射が半分程度に抑えられているだけであるが、中間層を設けた2層型では特定波長においてはほぼ 0 になっている。しかしながら、全波長域で低反射化しているというわけではないため、可視光波長域の両端部分ではむしろ単層よりも高反射率となってしまう。この可視光波長域の一部はごく低反射、その他は高反射という現象から反射光・透過光ともに着色する。反射の色調については最終製品のデザイン面に影響するために決まった指標があるわけではないが、面内での塗工ムラによる反射色変化は品位に大きく影響するため、許容される塗工膜厚の誤差範囲は実質 4nm 程度以下となり、より均一化するための技術開発が重要となる。

また、透過光の着色はディスプレイ用途に供する場合に画面の色再現性に影響する恐れがあるため好ましくない。このような現象から反射スペクトルは反射率が低いだけでなく、全可視光波長域にわたってできる限りフラットであるものが好まれる傾向にある。

3層型にすることで2層よりも広い波長範囲で単層よりも低い反射率とすることができ、層数を増やしていくことにより更に高性能化は可能である。ただし、反射防止フィルムに求められる大量かつ低コストでの供給という観点からは単純に層数を増やすことが得策とはいえない。このため、許容されるコストや使用目的に応じた設計を行う必要がある。ここでのシミュレーションでは単純化するために材料の屈折率波長分散特性を考慮していないが、屈折率も波長依存で変化するため厳密に設計するには考慮が必要である。また、屈折率 1.5 の基材表面に直接反射防止処理を行った場合を想定しているが、ディスプレイという製品の最表面に使用され最終使用段階では直に触れることができるため、強度の確保という目的から反射防止層を形成する前にハードコート処理が必要である。特にタッチパネル等に使用される場合は通常のディスプレイに使用する以上の強度が要求されるが、樹脂フィルムにコーティングするという製品形態のため、表面硬度は鉛筆硬度にして 3H 程度が事実上の上限である。

実際に反射防止能発現のベースとなるのはハードコート層の屈折率であるため、この層の材料選択や設計により反射防止という基本性能に及ぼす影響は大きい。コスト面から基材には PET を使用することが多いが、高屈折率の PET に屈折率の異なるハードコート層を設けると、ハードコート層の表面反射光と PET との界面反射光に干渉が発生する。反射防止層のように波長に比べて薄い層で、厳密に厚みを制御されていれば良いのだが、通常ハードコート層は数μm 程度であるため、膜厚偏差により無視できないほどの光路差が発生してしまう。屈折率1.63の基材に屈折率 1.53 のハードコート層を 3.0μm および 3.1μm の厚さで設けた時の反射スペクトルを図3に示した。


3μm の厚みに対して 0.1μm という偏差があるだけでも反射スペクトルの山と谷が逆転して同一波長で 3% 近い反射率差が発生している。この結果として反射光の色が微妙に変化するために、水面に油が広がった時に見えるような模様が現れて外観を悪化させることになる。この現象を完全になくすためには、基材とまったく同一の屈折率に調整したハードコートを使用するかハードコート層の膜厚偏差をなくす等の手法があるが、完全には消しきれていないのが現状である。これまで述べてきたように、ウエットコートによる反射防止フィルムの性能向上には、材料の屈折率を制御しながら膜強度、各層間の密着性、塗膜全体の均一性を改良していく必要があり、材料設計から製膜条件まで多くの研究開発が必要である。

3. 光学性能以外に求められる特性

先に述べたように反射防止フィルムの需要拡大の原動力になっているのは大型フラットパネルディスプレイの市場拡大であることに疑問の余地はない。したがって、この用途に用いるために光学性能や生産性の他にいくつかの付加性能が要求される。

(1)帯電防止
帯電防止能の必要性についてはいくつかの要因が考えられるが、1つは埃や汚れをつけないことである。特にCRTでは表面が帯電しやすいことと、スイッチの ON/OFF 時に急激に電荷がかかるため、他のディスプレイ用途よりも高い帯電防止能が要求される。また、フィルムを貼合して使用するという形態から、製造時のハンドリングに因るところも大きいようである。帯電防止能を付与する手法としては、ハードコート層に帯電防止能を持たせた、いわゆる帯電防止ハードコート材料を使用する手法がある。また、薄膜ではあるが反射防止層の中のいずれかの層に帯電防止能を持たせるという方法もある。例えば、高屈折率層の材料として金属酸化物微粒子とバインダー樹脂の混合塗料を用いることがあるが、金属酸化物として透明導電膜に使用される ITO や ATO を選択することにより、帯電防止能を兼ね備えた高屈折率層とすることができる1)。また、最外層塗布時にごく少量の界面活性剤を混在させ、製膜後表面にブリードアウトさせて帯電防止能を持たせることもできるが、反射防止層に対して無視できる程度の厚みで機能を発現できるようにしないと光学性能が変化してしまうため注意が必要である。

(2)防汚性
家電製品として家庭での使用から昨今求められるようになったのが表面の防汚性である。反射防止処理が極薄膜で行われていることから容易に解るように、指紋等の油脂分付着により反射防止能が損なわれて視認性に悪影響を及ぼすため、画面に触れたときの汚れの非付着性や除去性を高めることが必要である。例えば最外層の低屈折率材料としてシリカ系の材料を使用した場合非常に汚れが付き易く、防汚性発現のため再度コーティングを行うといったことも行われる。また、含フッ素材料を最外層に使用して低屈折率化を図っている場合には、低屈折率層自体が防汚性を有しているため工程を増やさずに済む。家庭内での使用ということであれば、確率的には少ないものの、幼児のマジックでのいたずら書き等に対応できればなお良いが、実際に弊社の反射防止フィルム製品のなかには、水に対する接触角が 110°以上にもなり、油性マジックさえはじくという防汚性を有するものもある2)。

(3)他機能との複合化
反射防止フィルム自体の高性能化ということではないが、他機能との複合化という方向で製品形態の変化も見られる。現在の主な使用対象ディスプレイとしてはPDPとLCDが挙げられるが、PDP用途として使用する場合フィルターという形態で反射防止能の他に電磁波シールドと近赤外カットの機能が必要となる。反射防止フィルム自体には両機能とも備わっていないため、これまでは複数のフィルムを積層していたが、反射防止フィルムとの複合化が進んでいる。

特に近赤外カット機能については反射防止フィルムの裏面にコーティングするという手法ですでに製品化がなされている。また、LCD 用に供する場合には表面に貼合して使用することで部品点数と界面、厚さと重量を増やすより LCD の部材の1つである偏光板表面が反射防止されている方がコスト的にも性能的にも有利であるため、TACフィルムへ反射防止処理を行い、反射防止TACフィルムとした後に偏光板を作成する。また、テレビ用途で家庭の居間に設置される大型ディスプレイの表面が、強度や安全上の観点から偏光板という状態で良いのかという意見もあり、将来は前面保護板という形態に加工されることも考えられる。

4. おわりに

PDP や LCD などのフラットパネルディスプレイが本格的な普及期にはいり、大量に安定供給できる反射防止フィルム市場も今後拡大を続けることが予想される。それに伴い、より高性能化を求める方向とコスト最重視の方向、その他機能の複合化等々市場の要求も多様化してきている。反射防止フィルムメーカーの弊社としては、今後もこれらの市場要求に応えるべく製品開発と市場への供給と継続していきたいと考えている。

参考文献
1) 小松通郎、反射防止膜の特製と最適設計・膜製作技術、技術情報協会、p.43
2) 日本油脂HP機能フィルム「ReaLook」技術情報(http://kinoufilm.nof.co.jp/